フィードバックを受け付けない者は「鬼」になる

私たちは「鬼」という言葉を、単に暴力や残虐性の象徴としてではなく、**他者の声を聞かなくなった存在**として捉えています。
暴力やパワハラのような直接的な行為だけでなく、弱い立場にいる人が、相手からのフィードバックを無視して自分の正しさだけを押し通すときも、人は簡単に「鬼」になってしまうのです。

### 「鬼」という言葉の変遷
「鬼(おに)」という言葉は、もともと「隠(おぬ/おん)」=「目に見えないもの」に由来するともいわれています[¹]。
漢字の「鬼」は古代中国では「死者の霊」を意味し、日本に伝わってからは「目に見えない災厄」や「異形の存在」を象徴する言葉として定着しました[²]。
平安時代の『和名類聚抄』では「鬼物穏而不欲顕形(おにものおだやかにして、かたちをあらわしたがらず)」と記され、「姿を見せぬ存在」として説明されています[³]。

やがて中世から近世にかけて、「鬼」は戦乱や疫病、自然災害など「人の手に負えない力」を象徴するものとなり、「節分」の「鬼は外、福は内」にも見られるように、**外敵・災厄を追い払う象徴**として文化に定着していきました[⁴]。

現代ではさらに意味が広がり、「仕事の鬼」「鬼コーチ」「鬼才」などの表現として、**常人離れした厳しさや集中力を示す比喩**にも使われています[⁵]。
ただし、その厳しさが他者への配慮を欠いたとき、「鬼」という言葉には「人間味を失った存在」という否定的な響きも帯びてきます。
この二面性が、日本における「鬼」という言葉の特徴です。

### フィードバックを拒むとき、人は「鬼」になる
人が人であるためには、他者の声に耳を傾けることが欠かせません。
私たちは社会の中で生きる以上、常に誰かと関わり、影響を与え合っています。
その関係の中で、自分が思う「正しさ」や「正義」を信じることは大切ですが、それを絶対化してしまうと、他者の存在を否定することにもつながります。
そして、その瞬間に「対話の回路」が閉じ、相手の痛みも、言葉の意味も届かなくなる。
それが、「鬼になる」ということではないでしょうか。

フィードバックとは、単なる指摘や批判ではありません。
それは、あなたの行動や言葉が他者の世界にどのように響いているかを映す「鏡」です。
心理学や組織行動学の研究でも、**フィードバックの質が人の成長とパフォーマンスを大きく左右する**ことが明らかになっています[⁶]。
Anseel & Sherf(2024)のレビューでは、「耳を塞ぐ」状態は、組織において学習機会と信頼の損失を生むと指摘されています[⁷]。
また、Pacheco(2025)は、**フィードバックを受け入れることが仕事や人生に“意味”をもたらす**と述べています[⁸]。

耳を塞いでしまえば、自分の世界は静かになる代わりに、どんどん孤立していきます。
やがてその静けさが「安らぎ」ではなく「空虚」となり、心は石のように硬くなっていくのです。
他者の声を受け取るということは、痛みを受け取ることでもあります。
しかし、その痛みこそが私たちを人間らしくし、調和の中へ導く道になるのだと思います。

### 調和(ハーモニー)としての対話
どんなに未熟でも、どんなに失敗しても、他者の言葉に向き合い、学ぼうとする限り、私たちは「鬼」ではなく「人」として生きられます。
ハーモニー(調和)とは、違う音同士が響き合うこと。
相手の声を拒まず、時にぶつかりながらも、そこから新しいリズムを見つけ出すことが、本当の意味での「共生」だと私たちは考えます。
そのために必要なのは、完璧な正解ではなく、**フィードバックを受け入れる勇気**です。

### 参考・出典
[¹]歴史人「鬼の正体とは?日本の“おに”の起源」
[²]nippon.com「日本文化における『鬼』とは何か」
[³]同志社女子大学コラム『和名類聚抄』解説
[⁴]お祭りジャパン「鬼とは?節分の由来」
[⁵]THE GATE 文化解説「鬼とは何か」
[⁶]Drouvelis et al., *Feedback quality and performance in organisations*, ScienceDirect, 2022.
[⁷]Anseel & Sherf, *A 25-Year Review of Research on Feedback in Organizations*, Annual Review of Organizational Psychology, 2024.
[⁸]Pacheco, *Why Feedback Can Make Work More Meaningful*, Harvard Business Review, 2025.