初めて行く店に入るとき、
なんとなく「良さそう」と感じることがある。
まだ何も知らないのに、
すでに判断が始まっている。
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人は、
世界をそのまま見ているわけではない。
過去の経験や知識をもとに、
意味を当てはめている。
これを「偏見」と呼ぶことがある。
偏見というと、
悪いもののように思われがちだ。
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しかし、
偏見がなければ、世界は理解できない。
すべてをゼロから判断しようとすると、
情報量が多すぎて処理できないからだ。
人は、
世界を圧縮している。
分類し、ラベルを貼り、
扱える形にしている。
つまり偏見とは、
理解のための装置でもある。
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ただしその装置は、
同時に視野を狭くする。
一度ラベルを貼ると、
それ以外の可能性が見えにくくなる。
だから重要なのは、
偏見をなくすことではない。
更新できる状態でいることだ。
ラベルを貼り替えられる柔軟さ。
それが、
世界との距離を保つ方法なのかもしれない。