センスを磨くとは?第1回:マッシュルーム・センス①

「センスがある人っていますよね」

たまに、そういう言い方を聞きます。

服の組み合わせがうまい人。

部屋づくりがうまい人。

会話が自然な人。

写真がうまい人。

音楽の趣味がいい人。

逆に、

「自分にはセンスがないので」

みたいに言う人もいます。

でも私は、この「センス」という言葉に、昔から少し違和感がありました。

なんというか、

“生まれつき持ってる特殊能力”

みたいな響きがあるからです。

もちろん、向き不向きや素質はあります。

たしかに、最初から感覚の鋭い人もいる。

でも、それだけで全部決まるかというと、

たぶんそんな単純な話ではない。

むしろ多くの場合、

「その世界を、どれだけ長く見てきたか」

の方が大きい気がしています。

たとえば、キノコ狩りです。

キノコ狩り名人って、

山に入った瞬間に、

「あ、あそこにある」

と分かるらしいんですよね。

でも、初心者が同じ山に入っても、

まったく見つけられない。

同じ景色を見ているのにです。

これは視力の問題ではありません。

「どういう場所に生えるか」

「湿り気」

「木の種類」

「落ち葉の感じ」

「季節」

「光の入り方」

そういうものを、

長い時間をかけて身体で覚えている。

だから見える。

つまり、

キノコが突然浮かび上がって見えているわけではなく、

“見えるようになっている”。

私はこれが、

本来のセンスに近いと思っています。

スパイダーマンに「スパイダーセンス」という能力があります。

危険を察知する、特殊な感覚です。

でも現実世界にも、

たぶん似たものがあります。

料理人には、

火加減の違和感が分かる。

営業の人には、

相手の空気の変化が分かる。

デザイナーには、

「なんかここズレてる」が分かる。

子育てしている人には、

子供の“いつもと違う泣き方”が分かる。

でもそれは、

突然空から降ってきた能力ではなくて、

何度も失敗して、

何度も観察して、

何度も気まずい思いをして、

何度も試してきた結果として、

身体に染み込んでいる感覚なんだと思います。

だから私は、

「センスあるね」

という言葉を、

半分は褒め言葉として受け取りつつ、

半分は、

ちょっと雑な言葉だなとも思っています。

なぜなら、その人が積み重ねてきた時間や、

失敗や、

観察や、

試行錯誤を、

全部すっ飛ばしてしまうからです。

しかも世の中で言われる「センス」って、

実際にはかなり環境依存です。

幼い頃から美術館に行っていたとか。

家に本が大量にあったとか。

高級レストランに慣れているとか。

海外旅行が当たり前だったとか。

周囲に文化資本の高い人が多かったとか。

つまり、

“知っている世界”

が違う。

これは能力というより、

接触頻度の問題でもあります。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

でも、

それを全部「センス」で片付けると、

今まさに途中にいる人たちが、

挑戦しにくくなる。

「自分には才能がないから」

で終わってしまう。

でも本当は、

20点のセンスとか、

35点のセンスとか、

“育っている途中の感覚”

があるはずなんです。

いきなり100になる人なんて、

ほとんどいない。

キノコだって、

最初は全部ただの葉っぱに見えます。

でも、

何回も山に入っているうちに、

だんだん輪郭が浮かび上がってくる。

「あ、これか」

という瞬間が増えていく。

だから私は、

いろんなことを試してみるのは大事だと思っています。

絵を描く。

写真を撮る。

料理をする。

旅をする。

DIYする。

文章を書く。

人と話す。

植物を育てる。

うまくできなくてもいい。

むしろ、

最初はダサくて当然です。

というか、

最初から上手い人、

ちょっと怖いです。

だって、

途中を通ってないから。

失敗しながら、

恥をかきながら、

自分の感覚を調整していく。

その過程そのものが、

センスを育てるんだと思います。

たぶん人生って、

「自分だけのマッシュルームセンス」

を育てるゲームなのかもしれません。

人によって、

見えるキノコが違う。

音楽が見える人もいる。

人の感情が見える人もいる。

建物の違和感が見える人もいる。

光の美しさが見える人もいる。

だから大事なのは、

他人のセンスを羨むことより、

自分は何に反応するのか、

何を見ると心が動くのか、

どこに違和感を感じるのかを、

観察し続けることなんだと思います。

そして、

もし今まだ何も見えなくても、

それは「才能がない」という意味ではなくて、

まだ山に入り始めたばかり、

なのかもしれません。