センスを磨くとは?第3回:「違い」が見えることと、経済の話

センスという話をしていると、

どうしても避けて通れないものがあります。

それは、

市場経済です。

なぜなら、

現代社会において、

「違いが分かる」という能力は、

そのまま消費行動と強く結びついているからです。

前回、

体操教室のコーチの話を書きました。

踏み込みの位置。

視線。

回転軸。

着地。

普通の人には同じに見える動きの中から、

細かい差異を見抜いていた。

あれは、

ある意味では、

“解像度”の話でした。

そしてこの解像度というものは、

実は市場経済において、

ものすごく重要です。

なぜなら、

市場価値というのは、

基本的に「差別化」から生まれるからです。

違いがあるから、

比較が生まれる。

比較があるから、

価値が生まれる。

そして価値が生まれるから、

価格差が生まれる。

たとえば、

ただの白いTシャツ。

でも詳しい人には、

生地感、

縫製、

首周り、

シルエット、

年代、

ブランドの文脈、

みたいな違いが見えている。

そしてその違いが、

価格差になる。

ワインもそうです。

ブドウの品種。

土壌。

気候。

熟成年数。

産地。

年代。

詳しくない人には、

「赤ワイン」にしか見えない。

でも、

解像度が高い人には、

無数の違いが存在している。

つまり、

市場経済というのは、

「差異を発見し、意味を与え、価値化するシステム」

とも言えるのかもしれません。

だから、

センスがいい人というのは、

ある意味では、

“差異を読み取る能力が高い人”

でもあります。

しかも、

その差異を、

市場価値として理解できる。

どのブランドが、

どういう歴史を持ち、

どのラインが人気で、

どの年代が希少で、

どの文脈で評価されているのか。

そういうものを理解している。

これは、

生まれつきの才能というより、

かなり「学習」に近い。

そして正直に言うと、

ここには経済格差もかなり関係しています。

幼い頃から、

どういうものに触れてきたか。

家族がどんな店に行っていたか。

どんな音楽が流れていたか。

どんな会話をしていたか。

どんな旅行をしていたか。

つまり、

“どんな世界を見て育ったか”。

これは、

かなり大きい。

だから私は、

「センスがいい」

という言葉を、

あまり簡単には使えません。

そこには、

本人の努力だけではなく、

環境や経済基盤も含まれているからです。

でも、

ここで重要なのは、

市場経済と結びついたセンスだけが、

人間の豊かさではない、

ということです。

たとえば、

風。

季節によって、

風の匂いって違います。

朝の空気も違う。

雨が降る前の湿度も違う。

木陰の温度も違う。

コーヒーカップの手触り。

洗いたてのタオル。

夕方の光。

静かな部屋の音。

こういうものって、

別に市場価値とは関係ありません。

高級ブランドでなくても、

感じ取れる。

むしろ、

お金では買えない部分も大きい。

でも、

こういう感覚も、

実は“解像度”なんですよね。

注意深く生きていると、

違いが見えてくる。

「あ、今日は空気が柔らかいな」

とか。

「この部屋、少し乾燥してるな」

とか。

「この人、ちょっと疲れてるな」

とか。

つまり、

市場経済の外側にも、

無数の“差異”が存在している。

そして私は、

こちらの解像度を育てることも、

かなり大事だと思っています。

なぜなら、

市場経済におけるセンスだけを追い続けると、

終わりがないからです。

もっと高級なもの。

もっと希少なもの。

もっと洗練されたもの。

差異は無限に増殖する。

SNSを見ていると、

ずっと「比較」が流れてきます。

あのバッグ。

あの家。

あのホテル。

あのライフスタイル。

もちろん、

それを楽しむのも悪くない。

私もデザインや空間は好きです。

でも、

そこだけになると、

感覚そのものが、

市場に回収されていく感じがある。

だから時々、

市場から少し離れた場所で、

感覚を回復させる必要がある気がしています。

風を感じる。

光を見る。

コーヒーを飲む。

散歩する。

木の手触りを感じる。

別に、

何の役にも立たない。

資産価値もない。

SNS映えもしない。

でも、

そういう「役に立たなさ」の中に、

人間の感覚そのものが残っている気がするんです。

たぶん、

本当に豊かな人って、

高級品の違いが分かる人だけじゃなくて、

風の違いも分かる人なんだと思います。

市場の中で解像度を上げること。

そして同時に、

市場の外側でも、

感覚を育てること。

その両方を持てたら、

人生はかなり面白くなる気がしています。