主体性のレッスン第2回:「自分で選ぶ」買い物は、楽しい

「選ぶ」は、小さな主権かもしれない

最近、「リベンジ夜更かし」という言葉を知りました。

疲れているのに寝ない。
明日も朝が早いと分かっているのに、動画を見たり、SNSを眺めたり、ゲームをしたりしてしまう。

これは怠けているのではなく、「自分の時間を取り戻そうとしている」のではないか、という話です。
私はこれを読んで、かなり腑に落ちました。

人は睡眠時間を削っているというより、「自分で決める感覚」を取り戻そうとしているのかもしれません。

そして最近、もうひとつ思ったことがあります。

それは、買い物や雑談も、少し似ているのではないか、ということです。

買い物というと、無駄遣いのように語られることがあります。

「また余計なものを買ってる」
「ストレス発散だ」
「物欲だ」
もちろん、それもあると思います。

でも実際には、買い物の楽しさは、「物そのもの」だけではない気がするのです。

色を比較する。
サイズを選ぶ。
組み合わせを考える。
レビューを見る。
「自分なら、これ」と決める。

この時間そのものが、楽しい。

つまり、人は「選んでいる」のです。
仕事や学校や家庭では、「やるべきこと」が多い。

返信。
スケジュール。
役割。
空気。
正解。

気づくと、一日中「反応」だけして終わることがあります。

そんな中で、
「この服にする」
「この家具を置く」
「今日はこれを食べる」
という小さな選択が、妙に楽しい。

あれは単なる消費ではなく、小さな主権の回復なのかもしれません。

女性同士のおしゃべりも、少し似ています。

男性的な会話は、結論や解決に向かいやすい。
でも雑談は、もっと柔らかい。

話題が飛ぶ。
途中で笑う。
オチがない。
「それ分かる」が続く。

一見すると、非効率です。

でも実際には、その場で「自分の感じ方」を確かめている。

「私はこう感じた」
「私はこう思った」
「それ、嫌だったよね」
その確認です。

つまり、おしゃべりは情報交換というより、自分自身の感覚を、この世界に置き直す作業なのかもしれません。

だから、買い物も、雑談も、DIYも、夜更かしも、少しつながって見えます。

共通しているのは、
「私は、自分の意思でここにいる」
という感覚です。

現代は、とても便利です。
同時に、とても管理的でもあります。

通知。
アルゴリズム。
タスク。
評価。
最適化。

気づくと、人は「選んでいる」より、「選ばされている」時間の方が長くなる。

だから人は、ときどき必要になるのかもしれません。

意味があるかどうか分からない時間。
効率にならない行為。
少し遠回りな雑談。
買わないかもしれない買い物。
下手でも、自分で作ること。

それらは、人生の主導権を大きく変えるわけではありません。

でも、人間は案外、
小さな「自分で決めた」で呼吸できる生き物なのかもしれません。