意味の生成について:第1回

HARMONEERでの「意味」について

たとえば、誰かと話していて、
 なんとなく噛み合っていない感じが残ることがあります。

言葉は通じているはずなのに、
 どこかでズレている。

その場ではやり過ごせても、
 あとから少しだけ引っかかる。

こういう感覚は、
 能力や性格の問題として扱われることが多いです。

もっと分かりやすく話すとか、
 ちゃんと空気を読むとか、
 そういう方向に寄せていく。

ただ、それだけだと、
 どこかで無理が出ます。

なぜかというと、
 そもそも会話というものが、

最初から同じ意味を共有している前提で
 成り立っていないからです。

同じ言葉でも、

  • 前提
  • 状況
  • 関係性

によって、意味は変わります。

ですので、
 ズレること自体は自然です。

HARMONEERでは、まずここを前提にします。

会話は、意味の受け渡しではなく、
 その場で少しずつすり合わせていくものだと考えます。

この前提に立つと、

「なぜズレるのか」ではなく、
 「どこでズレているのか」を扱えるようになります。

ここから先は、実践の話になります。

違和感に気づく。
 一瞬だけ止まる。
 必要であれば戻す。

こうした小さな動きを通して、
 意味を“正しく理解する”のではなく、
 扱える状態に近づけていく。

これが、HARMONEERの実践的な側面です。

ただし、ここで一つだけ大事なことがあります。

本来、意味というものは、
 そこまで必死に扱う必要があるものではありません。

世界のすべてに、
 明確な意味を与えなくてもいい。

空を見ているときや、
 風を感じているとき、
 そこに「正しい解釈」は必要ありません。

ただ存在しているだけで、
 成立している状態があります。

HARMONEERでは、
 この感覚も同時に大切にしています。

それが、animalsのような存在です。

意味を持たない。
 役割も持たない。
 ただそこにある。

それを眺めることで、
 一度、意味から離れることができる。

つまり、

  • 社会の中では、意味を扱う
  • 同時に、意味から離れる場所も持つ

この2つを行き来することが、
 HARMONEERの基本的な構造です。

意味に飲まれるのでもなく、
 意味を否定するのでもなく、

必要なときに扱い、
必要なときに手放す。

そのための視点と、扱い方を共有しています。

ここに書いていることは、
 正しく実行するためのものではありません。

少しずつ、
 自分の中で調整されていくものです。

ズレながら、形になっていく。

その過程そのものが、
 それぞれのスタイルになります。